夜も更けて、作業服を着た疲れた男が、僕に預けていた荷物を取りに来て、ついでに少し話して行った。断崖絶壁の真上にある足場に立って怯えながら作業をしてきた、らしい。様々な苦労がある。ビルの解体工事のバイトで「セパ折り」という作業を命綱をつけてやった二十年前の記憶が蘇って、一つ思い出すと、とめどなくなって、その後釘を踏んで怪我をして呻いていたら「傷口を金槌で叩いて血を一杯出せ」と怖いおっさんに言われたこと、終業後、毛皮を着た若いやくざに賃金をもらう瞬間の気分、そのバイトが終わってしばらく経った雪の晩、拾得に行って、帰り道水たまりにはまったこと、びしょ濡れの靴下を脱いで裸足に革靴を履いて凍えながら歩いたことなど、噴出する過去に戸惑い、現実から遊離するみたいだった。
ナット・キング・コール・トリオの名演を聴きつつ眠る。