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2006年 06月 29日

JOURNAL

鬱屈の種は減らず、金欠だし夏だしさんざんで、荒涼とひね暮らす。高橋源一郎の実質的デヴュー作「ジョン・レノン対火星人」(講談社文藝文庫)は、痛みに溢れた、詩的と云うしかない強烈な作品だった。詩的と云ってもこの後に書かれた「さようならギャングたち」「虹の彼方に」のそれとは質が違う。時代背景を見ても突出していた、徹底的な方法意識による、エロとグロの奔流、そうまでせねば決して言い表せなかった(言葉で何かが表せるとして、という留保つき)高橋の原体験、バリケードで囲まれた「戦争」の日々の記憶。出た当時、思春期だった僕が読んでいたらどう思ったろう。ひねくれてはいたが、やっぱり「何か」があるな、くらいしか判らなかっただろうな。今読んで良かった。続いて柄谷行人の「世界共和国」を読み始める。
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by nogioh | 2006-06-29 02:31 | Comments(0)
2006年 06月 27日

JOURNAL

梅雨空にそぐわしく、鬱屈した夜更け、友人から借りっぱなしだった映画「チョコレート」を観る。アメリカ深南部の話で、時代背景は随分違うのに、一瞬にしてフォークナーのヨクナパト-ファ(彼の多くの小説の主要舞台である深南部の架空の町)を想起してしまうような黒人差別の場面が頻出する。差別は、本作のストーリー展開上の主要素の一つである。一人の黒人死刑囚の最期を見届けた看守と、その囚人の妻との恋愛談だが、内情は、それぞれが肉親の死という不幸を背負うことで一層複雑になってゆく。差別(因習)、死刑の是非、罪と罰と救い。主演のハル・ベリーは非常に美しく、ビリー・ボブ・ソートンの演技も渋くて胸に迫る。貸してくれた友人は「21gが好きなら気に入るかも」と云っていたが、魂(的なもの)の墜落と再生というテーマはよく似ていて、画面のトーンもイメージがだぶる。しかしポストモダン的な時間軸の混乱という手法や、贅肉を殺ぎ落とした簡潔な(ある意味、不親切な)展開の仕方など、全体の深みは「21g」が圧倒的に上回る。そう感じる理由の一つに、僕は邦題のセンスもあるのではないかと思った。「チョコレート」の原題は「MONNSTER'S BALL(モンスターの宴)」で、死刑囚の最後の晩餐の意らしいが、だとすれば、主人公達の、再生の糸口を掴んだかに見える愛の行方も、哀切である種不吉なものとして捉えられる。チョコレートは作品中の大事な小道具から取っているが、全体を把握しきれていない軽さは否めない。
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by nogioh | 2006-06-27 20:15 | Comments(2)
2006年 06月 25日

JOURNAL

何人かの志望者に僕はハーモニカの奏法を教え、幾許かの報酬を得て暮らすものだが、教えた人が人前で演奏するのを聴くのはやはり嬉しいものだ。しかし、そこに演奏者として加わるとなると、にこにこしてばかりもいられない。今日は、僕とは全くの同世代の教え子の初ライヴ、そして僕はギターを弾いて参加した。緊張で一曲毎に掌の汗を拭かねばならない有様で、恥ずかしかったが、なんとも楽しい経験だった。ブルースを楽しく日本人が演奏するというのは、音楽の成り立ちや歴史を考えると、人によってはおぞましくすらある景色かもしれない。しかし基本的に真面目でなければいけないが、楽しむ以外に方法はなく、楽しめればそれは価値ある行為だとやはり思う。MG君、お疲れ様、ライヴは誰にでも出来ることではなく、お客さんを楽しませ自分も楽しむのは稀有なことです。ますます精進しようね。お客さんには感謝です。先に出て客席をいい感じに暖めてくれたJHONSON氏にも感謝。半分くらい僕はハーモニカで参加したが、デルタ風味のギターと二人だけの演奏はちょっと病みつきになりそうです。ショーのあと、ギター弾きの人にギターを思いがけずも誉められ、嬉しくて、近頃僕を悩ます不眠も、今夜は解消されそうな気がした。
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by nogioh | 2006-06-25 00:31 | Comments(2)
2006年 06月 18日

JOURNAL

伏見深草「ざぶざぶ」にてライブ。最近お会いする機会の多い植村さんのギターに、店のマスターでジャズドラマーの健三郎氏、ベースのリュウジ氏という、名うてのリズム隊と一緒だった。僕が一番の若造である。僕の音のコンディションもフレージングも万全とは云いがたく、バンド全体に曲も消化不足だった。サウンドが、ばらばらになりそうで焦る時、手堅く安全なパイ(歌い方・吹き方)ばかり選ぶのは悔しいのであれこれ試そうとして、結局こけた場面もあった。スリリングな雰囲気が観ている人に、良い方に出ていたらいいなと思う。W杯の日本戦の夜で、青い服を着た若い人が一杯町を歩いていた。ケンボさん、リュウジさん、マミーさん、植村さん、また吹かせてください。僕はほぼ諦めていたのですが、来て下さったお客さん、本当にありがとうございました。
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by nogioh | 2006-06-18 02:01 | Comments(1)
2006年 06月 17日

JOURNAL

映画版「三丁目の夕日」をDVD借りて観る。公開時から気になっていた。原作は70年代に連載開始以来、現在も続いている、モンスター漫画で、僕は単行本を四十数巻まで集めて頓挫しているが、思い入れある作に変わりはない。過去のある一つの時代(昭和30年代)を、一つの町を舞台に据えて、一話完結形式で三十年も描き続けるのは想像するだけで恐ろしいような大事業だ。かつて売れっ子漫画家の弟子だった友人は『「三丁目の夕日」が好きだと本気で云える人は良い人。あれは試金石だよ』と語った。一見典型的な人情喜劇に見えて、飽きさせないのは、王道のドラマトゥルギーの力ばかりによるものでは勿論ない。思想から、サブカルチャーにいたるまで、現代に絶え間なく目を配りつつ漫画にさりげなく取り入れる西岸良平の「視点の洗練」の功績なのだ。さて映画だが、無論、漫画の実写化の宿命である違和感はある。しかし原作の旨味を巧みに取り入れたシナリオの構成も、心地よくスピード感ある演出もキマッテいた。CGによる、未舗装の砂利道から見上げる、夕日を受けて聳える建築途中の東京タワーの映像は、東京人でもなく、当時を知らぬ世代の僕も感動する。落涙、落涙。
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by nogioh | 2006-06-17 23:33 | Comments(0)
2006年 06月 16日

JOURNAL

レッスン。ハーモニカに自信なし、と云われると教える身には堪える。レッスンに自信なし。夜、生徒氏とともに訪れたスタジオは綺麗で、安くて、街中にあって良かったな。利用客も小奇麗な学生風ばかり、なるほどと思う。
明後日は、伏見深草のざぶざぶでライブ。ノンアンプリファイドで吹いてみようと決めた。自分の持つ音がはっきり判るやり方で、ジャズ系の曲を演奏してみたい。蹴球世界杯とやらとバッティングしていますが、損はさせませんので是非。
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by nogioh | 2006-06-16 03:28 | Comments(2)
2006年 06月 14日

JOURNAL

夜、久し振りにゴマさんの店に顔を出す。いわゆる飲兵衛でないので、ショットバーはどうしても間遠になってしまう。CDを聴いて、テレビで野球を観て何と云うこともない話に興じる。ゴマさんは、話すと励まされる人だ。僕のハーモニカを、その音色から誉め、激励してくれた一番古い人の一人である。我流で勉強を続けて、やがて人に教えるようにもなった、その最初のきっかけを作ってくれたのも彼だ。
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by nogioh | 2006-06-14 02:18 | Comments(0)
2006年 06月 11日

JOURNAL

膝が痛くて、深く足を折り曲げた姿勢から立ちあがると、顎関節症みたいに、何かが噛み合った感触とともに激痛がくる。もう一度曲げなおしてそろりと伸ばすと何ともなく、一旦伸びると全力疾走も可能なのである。精神的なものも一因なのではと指摘され、伸び伸びやんわり暮らす。なるほど、ましになったみたいだ。FM滋賀の深夜のJAZZはなかなか選曲が良くて、運転にはぴったりだ。山間では聞こえなくなり、京都に入るともうほとんど入らない。仄かに明日への活力を鼓舞するような休みの日の終わりのBGMはジャズなのです。テレヴィでクリント・イーストウッドの「トゥルー・クライム」という映画を観る。死刑にまつわる、なかなか重いストーリーにも関わらず、その重さをきちんと伝えつつ、エンターテイメントとしての軽快さを持ち得たのは、すっきりと見晴らしの良い登場人物全員のキャラクター設定による。
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by nogioh | 2006-06-11 23:54 | Comments(0)
2006年 06月 10日

JOURNAL

夕刻、植村さんと会い、音源交換などして軽くライブの打ち合わせ。店のマスターも含めて世知辛く、植村さん曰く「やくざな」話ばっかりする。植村さんの選曲は泥っぽいブルースとはやや離れたタイトな世界。僕は意地っ張りで、どんな曲にも、要請がない限り自分の色で吹きたがるが、こちらの攻撃(?)を読みつつ、耳をそばだて多様に対応してくれる。植村さんはそういうギターの人なので楽しみにしている。
手塚治虫。僕は決して熱心な読者だったとは云えないが、「紙の砦」(大都社)という短編集はよく読み返している。第2次大戦中の空気をストレートに伝える記録として、その語り口の豊穣さは屈指なのではないか。紙の砦とはもちろんこの場合、画用紙(ケント紙)である。「砦」を持ち得た僥倖についても作者は逃げも隠れもせず淡々としたものだ。貧乏なサラリーマンを富豪の売れっ子俳優が演じる胡散臭さは感じられない。僥倖=逆ベクトルのハンデを背負ったものとして、伝えるべきものを凝視する、その表現者としての使命感が清々しい。
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by nogioh | 2006-06-10 00:06 | Comments(0)
2006年 06月 09日

JOURNAL

朝からレッスン。遠くから来る人なので、いつも長めのコースになるが体系立ててみっちり教えるにはこの人の場合のように四、五時間必要だと感じる。これは教授技術の未熟の問題であろう。夕刻もう一人。練習法など基本のレッスン。若き僧侶であるこの生徒氏はなかなかマニアックで、プロレスとエヴァンゲリオンの話で盛り上がる。仏教家に、エヴァの神秘主義的な特異性について聞いてみたかったので念願成就といえる。レッスン料貰いながら厚かましくも、仏教についてあれこれ聞きまくる。夜半、さらにもう一人。オリジナルのインストを共同作業で作り騒ぐ。
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by nogioh | 2006-06-09 04:20 | Comments(1)