大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

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2006年 11月 18日

JOURNAL

休日。頭を休め、体調回復を図る。最近一気に増えたチェーンの定食屋に、小雨の中夕食を摂りに行って、ファストフード店形式のテイクアウトドライヴスルーがあるのにびっくりした。考えてみればそれほど驚くほどの事でもないが、新鮮だった。何事にも安心せずに生きているな、と休日にふと安心すると思い知る。
 ジミ-・スミス「JAZZ AROUND MIDNIGHT」時々猛烈にオルガンの音が聴きたくなるのは、僕の場合イギリスのビートグループを聴き漁った頃の名残ですね。
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by nogioh | 2006-11-18 05:12 | Comments(2)
2006年 11月 17日

JOURNAL

今日も久し振りの人のレッスン。柔らかい知性に、励まされる人柄で、ハーモニカも繊細ないい音。あるフレーズを吹いてもらったとして、こういう見方もありますよ、と僕なりの見解を幾つか提示し、いいと思ったものを持って帰ってもらうという式の、あるレベル以上の人向けのレッスンの典型みたいな内容。この状態から個性の完成(そんなものが「気がする」だけじゃなくこの世にあるとして)までが、とにかく長い。勿論僕も途上だ。完成したと思ってしまえば永遠に完成はない、といった禅問答みたいな気分もある。
 以前、まだ雑誌連載中に人に薦められていくらか読んでいた「20世紀少年」を今単行本で読んでいる。まだ前半だが、ラテンアメリカの作家や、ヴォネガットみたいに時間軸を錯綜させて、且つスピーディーに、凝った緊迫感溢れるストーリーが展開する中、六、七十年代のロックや、ヒッピー的気分に対する、直截過ぎるほどの肯定やノスタルジーが、何ともよく判って緊張を緩和させる。トキワ荘周辺の漫画家たちへの、多少屈折したオマージュも出てきて、浦沢はやはり「最後の手塚マナー」だと改めて感じる。
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by nogioh | 2006-11-17 04:22 | Comments(0)
2006年 11月 16日

JOURNAL

やむない事情で中断していた人のレッスン再開の日。様々に問題点はあって、何より経験が浅いという最大のハンディを差し引いても魅力のあるハーモニカを吹ける人で、どう伸ばせば一番いいか悩まされる。それはやはりこの人の、音色において顕な、可能性に僕が反応しているのだろうと思う。
 最近、漫画家の卵の(だった、なのかすら判らない)、古い友人をよく思い出す。うんと若い頃、僕が脚本風に話を書き下ろして、彼が作画するという合作の形で幾つも習作を拵えた時期があった。溜まったものを本の体裁にしようと、ワープロで印刷した台詞を切って吹き出しの中に糊付けする、いわゆるネーム貼りの作業に徹夜してすっかり閉口したものだった。表現が無償の行為として輝いていた最後の日々ではないか。本当に遠く離れてしまったが、ドクター・フィールグッドに一緒に耽溺して、僕にブルースへの道を開いたその友人に、ヘンリー・マックロー氏と一緒にやったよ、と、まずそれだけは報告したい。
 その頃知って、探し回って手に入れた伝説の漫画家、一ノ関圭の「らんぷの下」を十年ぶりくらいに読み返す。実写の映画を見るような、平面とは思えぬ技術の凄まじさは素人の僕が見てもすぐ判る。これを仮に実写にした場合、演じきれる役者に困るだろう。一コマ一コマの人物の表情は「演技」していない、ナマそのものの迫力に満ちているからだ。
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by nogioh | 2006-11-16 00:55 | Comments(0)
2006年 11月 15日

JOURNAL

最年少者レッスン。彼の語りは青春の普遍性みたいな浪漫に僕を誘うから、ノスタルジックな気分になる。どうしようもなくそういう気分から遥かに離れたことをつくづく思い知る日々だからこその郷愁なのだ。レッスンの後その生徒氏とラーメンを食べに行く。地元の名店的な知名度だが、味のレベルは相当なものだと確信がある店で、あたかも自分が作った料理であるかのように生徒氏の反応が気になる。結果は予想を上回る大好評で紹介した甲斐があった。
 新潮社の大判ムック「アメリカ青春小説特集」再読。十七年も前に買ったのだ。まだ新しいものが生まれ得ると、文学者は文学を信じていなければならず、そしてやはり、地球最後の瞬間まで生き残る唯一の芸術は文学でないといけない、そんな気分にさせる本だ。祭りの空気がある。こじつけでなく、その祝祭的な気分は、出版された89年という年と明らかに関係がある。
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by nogioh | 2006-11-15 00:46 | Comments(0)
2006年 11月 14日

JOURNAL

夜、友人と会って、借りていた本を返し、田中小実昌「恥ずかしい死体」を貸す。小川国夫、フォークナー、埴谷雄高、大変な読書家であるこの友人とは、いつも会話の殆どがオーソドックスな文学ネタになる。先日、テレヴィで放送されたノアの丸藤とKENTAの試合の話を無理やりねじ込ませると、プロレスにも彼は一家言持っていて何か返ってくるので面白い。
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by nogioh | 2006-11-14 05:01 | Comments(0)
2006年 11月 13日

JOURNAL

夜、ベテラン選手レッスン。実際の人体は模型のようなスケルトンでないゆえ、ハーモニカなどは、正しい奏法が成されているか否かを、聞こえる音だけで判断せねばならない。今日の人も、一聴して判るほどではないが、小さな違和感が常にあった。細かい質問を重ねた結果、とんでもない大胆な舌の角度に関する間違いが発覚した。訂正後は音色が明らかに太くなった。成果がその場で出るって滅多にない事なので素晴らしい。
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by nogioh | 2006-11-13 23:42 | Comments(2)
2006年 11月 12日

JOURNAL

心安らかな休日。種々の雑念除去、煩悩滅失、疲労回復の日。John Little Johnはシンガーとしてもギタリストとしてもいかにもタフなブルースマンという感じで決まっていて、周りでも曲を取り上げるバンドが幾つかあるがミュージシャンとしてはやはり過小評価の人だ。チェス吹きこみの数曲のヴォーカルの迫力など唯一無比の黒光りで堪らない。
バレーボール、奮闘するも敗れる。残念。
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by nogioh | 2006-11-12 02:38 | Comments(3)
2006年 11月 11日

JOURNAL

朝から若い人、午後に人生の先輩相手のレッスン。二人ともいい音を出せる人。人前でたくさん吹く体験をしていただきたい。大傑作「21g」の監督アレハンドロ・イニャリトウの出世作「アモーレス・ペレス」をやっと観れた。こちらも大傑作だった。いかにもラテンアメリカっぽい継ぎ接ぎ手法はマルケスやカルペンティエル好きの僕に合うし、絶望的な状況を描いてなお、徹底的に暗くならない作品の人柄みたいなものに励まされる。「キリスト教的な罪や救いの扱い一つにしてもラテンならではの感性で描いてゆく」というのは友人の「21g」評だが、「アモーレス・・・」も観て何か云って欲しい。ラストシーンの映像の美しさは、圧巻。廃墟みたいなメキシコの町をならず者が行き交う暴力的な場面は、トム・ウェイツの「ブルー・ヴァレンタイン」を聴きたくなった。夜、女子バレーボールに感動。精神力、集中力ともに神々しくすら感じるすごい試合だった。
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by nogioh | 2006-11-11 03:29 | Comments(0)
2006年 11月 09日

JOURNAL

車でリハ。大きな駐車場なので、利用者が多く、入出庫時に通る人は必ず音漏れに気付いて僕らを見て行く。その時の見られている、恥ずかしい、でもどうでもいい気もする、そのふわっとした感覚が、なんともしつこく名残る思春期の尻尾みたいで我ながら面映い。次のウーララで競演となるテンホールズブルースバンドとは、二度目の顔合わせで、身内に近いくらい見知った人ばかりのバンドなのだが、ピアノのO女史参加後は、ちゃんと聴いた事がない。おまけに今回はベース欠場だとかで、どんな音になるのか楽しみにしている。
「Finding Forrester」日本題名「小説家を見つけたら」という映画を観る。「グッドウィルハンティング」と同じ監督で、ストーリーも雰囲気も同工異曲と云ってもいいくらい似ているが、悪くない。「文学」の力を映像にするのはとても難しいが、ショーン・コネリーが「もっと真剣にタイプを叩け!」と、キーを叩く「音」に対して腹を立てるシーンは、とてもいいな、と思った。
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by nogioh | 2006-11-09 03:11 | Comments(0)
2006年 11月 08日

JOURNAL

忘れっぽくなっていて、今日も飯を食った蕎麦屋に帽子を忘れ、すぐ近くの本屋にいる僕を見つけて店長が渡してくれるという悲しい事件があった。遠い日の印象で、Mr.記憶力として僕を認識してくれている数少ない知己などは、テイタラク振りに呆れているだろう。ジョン・アーヴィングの新しそうなのが文庫になってるなあ。読みたいなあ、と思いつつ買わなかった。先に片付けるべき本がある。体調はずっとすぐれぬ。また暑くなったし。適度な運動、精神の安寧、世界の一部として均衡の取れた(書いてていまいち意味不明だが)僕という心身。酒は元々弱く、煙草はどうやら止められた(はずだ)が、どうも好物ばかり食ってしまう傾向は残っている。次は食だ。「粗食ちゃん」、と呼ばれたい。
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by nogioh | 2006-11-08 02:57 | Comments(0)