大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

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2011年 10月 31日

JOURNAL

小忙しく動き回った後、ついにダウン。明るい内からマッサージに行く。もうずっと長いこと行ってなかった店に入った。遠いところにひと月くらい旅に出て、気が済むまで寝てみたいと思いながらマッサージを受けているとすぐに寝てしまい、暗い夢を見ていた。上手な人にあたって良かった。結構楽になった。「目がとてもお疲れのようですね」と言われた。左様、寝てないのです、とは言わなかった。夜、レッスン。この日記を見て、凹んだ風な記述の連発に心配して下さったようで「今日行き辛いな、と思いました」と言われた。レッスンは基本楽しい仕事なのでいつでも大歓迎です。同世代で色んな気苦労も重ねて来た人なので(そうでない同世代がいるだろうか?)話しているだけで随分リラックスできた。お互いの話に共鳴しつつ、落ち着いた心持になって曲に臨んだためか、しっとりと良い音が出ていた。ありがとうございました。
DVDを返しに行く短いドライブの間、数日振りのトム・ウェイツ。

それはどこかのホテルの、ボロボロの古いスーツケース
受けた傷は、決して癒えることはない
香水の匂いをまとったプリマドンナもいないし、
古いシャツには血とウイスキーのシミがついている
おやすみ、清掃夫のおじさん
おやすみ、夜間警備員、灯りの番人さん、おやすみ
そしておやすみ、マチルダ、あんたにも

Tom Traubert's Blues/Tom Waits
http://www.youtube.com/watch?v=9ZmqbcBsTAw
布団にも入らず寝てしまい何度も寒さに凍え毛布にくるまりなおす。
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by nogioh | 2011-10-31 23:33 | Comments(0)
2011年 10月 30日

JOURNAL

先輩ギタリストの祝宴に参加するため、朝から出かける。京都駅で三島さんと待ち合わせて大阪へ。会場には少数だが正装したミュージシャンがおり、懐かしい人との再会もあった。加藤さんは礼服に白ネクタイ、ポケットチーフまでつけて、帽子も被らずにおられたのですぐには気付かなかった。教会で3人の女の子による讃美歌(予想していたよりハイレベルなヴォーカル)と黒人牧師さんの話を聴き、緊張の極限(に見える雰囲気)の先輩を、感動しつつも笑いをこらえて見る。その後、披露宴は、飲まない加藤さんによる乾杯の音頭に始まり、ケーキを切って写真を撮ったり、各テーブル(僕らのテーブルはむさ苦しさ滲むブルースグループでした)に二人が挨拶に来たり、和やかに式は進行していった。新婦はハーモニカ吹きだが、お祝いに訪れた友人の人々はミュージシャンではない若い女の子達で、僕らはどんな風に見えているのかな、などと考えたりしていた。先輩の学生時代のバンド仲間の方も交えての演奏タイムでは全4曲のうち3曲に参加した。ラストの「Tomorrow Night」では新婦も途中から参加し、ウェディングドレス姿で3回しソロを取った。本日のハイライトでしょう。サウンドマンの立場で呼ばれ、正装して卓に張り付いていたI君、お疲れ様でした。A先輩、Mさん、おめでとうございます、お幸せに!

加藤さんの車で新大阪まで送って貰い、京都に戻って、「バー アウトループウェイ」へ。Kanako&The Low Down Dogsのライブにハーモニカで呼ばれていたのだ。バンマスは植村純次さん。彼は時々こういう企画を立ち上げ、しかも一回一回、それなりにちゃんとしたバンド名も付けてライブを敢行する人で、僕も結構ご一緒させてもらっている。コリンズ風、スウィンギーなウェストコースト風、シカゴ、なんでもござれのブルースギタリストだ。
今回植村さんが連れて来たのは大阪のかなこさんという細くて小さいけどパワフルなヴォーカリストで、企画段階で「アンジェラ・ストレイリが好きらしいわ。なのでアントンズのハウスバンドのライブにキム・ウィルソンが遊びに来た、という雰囲気を出してやってみませんか」と言われて、アンジェラが好きと言うのは珍しい女性だなあ、と思って興味が湧いた。とても良いベテラン・フィメイル・ヴォーカリストだがやはりマニアックな存在かと思います。僕にキムの役回りは荷が重いし、貫録も足りないが、まあ、気持ちですから。
かなこさんのお客さんがたくさん見えていて、満員になったところでライブ開始。僕はリズムが掴みきれなかったり、フレーズもさえない箇所が満載で個人的には厳しい演奏だった。昼間、結婚式で結構緊張して演奏したので疲労もピークだった。みんな言い訳だ。
「Baby It's Cold Outside 」という粋なスタンダードをかなこさんとデュエットした。口説き口説かれの甘い世界を表現しようとなるべく見つめ合って歌ったが、やはりちょっと、笑いそうになってしまう。おかしみ漂うノベルティソングなので良いのだが。ライブ前緊張していたかなこさんは、それでもなかなか、セクシーで繊細な歌いっぷりでした。デュエットはもうちょっと下世話な演出も出来たなと思うが、やればきっと恥ずかしいのだろう。S君始めお店の方々、お客様ありがとうございました。バンドの皆様(Kanakoさん、植村さん、良明さん、片山さん、中村祐一さん)、お疲れ様でした。冷たい雨の中、一人ラーメン食って帰る。
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by nogioh | 2011-10-30 23:12 | Comments(2)
2011年 10月 29日

JOURNAL

昼間は襤褸切れのように過ごしたが夜、紆余曲折を経て海外から届いたアンプを鳴らすために1時間だけスタジオを取り、共同オーナー氏と出かけた。その人はコード感覚やハーモニカのポジショニングをよりダイレクトに理解できるよう、安いギターを買ってそれを持参して来ていたので、僕はハーモニカはその人に任せてもっぱらギターを弾いていた。楽しかった。
明日は一日中外に出て過ごす日なので早く寝るべきなのだが、気持ちに余裕がないとそんな調整は出来ない。僕は自分の時間を確保することが今は体調より大事なので、帰宅後も存分に夜更かしして長いこと本を読んでいた。
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by nogioh | 2011-10-29 23:19 | Comments(2)
2011年 10月 28日

JOURNAL

隣町講座。10人ちょっとの参加者とは言え、限られた時間の中で全員に同じように進歩してもらうことは不可能に近い。せめて同じように楽しんでもらいたいと思って進め方や話し方に工夫はしている。
思わぬ個人的な用事に追われて忙しく、自分の仕事になかなか没頭しづらい日々を過ごしているが、切り抜けつつあくまでも仕事を成立させるのがプロだ。そう言い聞かせている。

昨日、生徒さんから仕事の事情で突然レッスンに来れなくなったと電話があって、一回飛ばすことにしたのだが、何となく電話を切らない雰囲気を先方から感じたので聴く体勢になってみると、ディランの詩の話やら、本の話になった。クリエイティブなものに触れて、色々掘り下げて解釈したり、そういう行為によって元気を得るタイプの人なのだ。僕もそうだったので、楽しく話す。そうだった、というのは、今の自分の状態がよく判らないからだ。元気を得るというのは、前向きに自分の状態を把握することであるはずで、だとすれば僕は今芸術を見失っているという事だろう。掘り下げて血肉化するパワーを失っている、とも言える。

今日はトム・ウェイツをちょっと離れてジュニア・ウェルズを聴いた。この人の「Blues Hit Big Town」は、ヴィンテージシカゴブルースの大名作だが、もうちょっと後、彼独特のスタイルを獲得してからの「音」にはあこがれた。丸っこく粘る芯があり、一時真似してリーオスカー・ハーモニカなども使っていたが、実際楽器はあまり関係ないのだ。今日は近年出た、エイシズとのライブを聴いたのだがやはり「音」に心を掴まれた。
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by nogioh | 2011-10-28 23:30 | Comments(0)
2011年 10月 27日

JOURNAL

レッスン。洗練された感覚の持ち主、結構な読書家で、そしてものすごく忙しく日々を過ごしておられる方。いつも明るい様子だが、忙しいというだけで気苦労や懊悩の種は尽きぬものだ。だからすぐに力尽きてぐったりしてしまう僕などいつも凄いな、と思って見ている。僕のこの日記の読書メモのような部分を読んで僕にハーモニカを習う決心をしたという人なので、当然そちらの趣味は合う。村上春樹が好きな人は多いが、解釈を喋り合える人は実はとても少ない。平易な文章は作家としての作戦で、実際にはそれなりに訓練された読み解きが必要な作家であることすら判らないまま、毛嫌いする人も多い。僕がゴルフとかクールビズを毛嫌いするように。大江健三郎、中上健次、ドストエフスキーにまで話は及び、レッスンも含めて楽しい時間となった。そういう訳で、僕は今ダンス・ダンス・ダンスを読んでいる。
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by nogioh | 2011-10-27 23:53 | Comments(0)
2011年 10月 24日

JOURNAL

頭から追い払いたいことばかり多く、備忘録と捉えるこの日記に記すに足ることは何もない一日だったが、何かを書こうという気持ちになった。
レッスンや講座、ライブがなくてもハーモニカは毎日吹いている。しかし近頃聴くのはトム・ウェイツばっかりだ。ジャズのインストはどうだと思ってスタン・ゲッツやマル・ウォルドロンなど聴いてみたが駄目だった。流動食しか受け付けない胃袋みたいな気持ちになっていて、なぜかトム・ウェイツ。これは回帰衝動なのだろうか。懐かしいとは思わずに聴いている。改めて音楽的発見があるわけでもない。ただ聴いている。用もないのに車を走らせて、ただ聴くのだ。ある瞬間すっと体が軽くなる。

ブルースは何歳までに始めれば間に合いますか?自分は聴き始めたのが遅いので、という意味のことを僕に言って来る人が結構おられる。何歳からでもブルースハーモニカに真面目に取り組めばブルースハーピストだし、ブルースを聴き始める時期にも特に意味はない気がします、と僕は答える。本音でそう言っている。僕も、音楽そのものはずっと好きだったがブルースを聴き始めたのは人並みか、もう少し遅い。年長のブルースミュージシャンのようにラジオからフリードウッドマックやブルースブレイカーズが流れていた世代ではない。リアルタイムでマディやロックウッド初来日公演を観に行ったわけでもない。そこでちょっと、回顧めいた記述をやってみたくなった。僕と音楽の関わりのほぼ全容である。中年なので内容は豊富で長い文章になるだろう。最後まで読んでくれる人がどれだけいるか。

<幼児期>(大体3歳から5歳くらいまで)
ヒーロー物、アニメの主題歌のEP盤に夢中だった。ねだって買ってもらい、年玉もはたいて絵本に付属するソノシートも含めて結構な数を持っていた。一応電動だがモノラルの、スピーカー一体型の蓄音機で飽くことなく毎日聴いて、そのうち覚えて一人で歌っていた。人前では歌わない。子門真人、水木一郎、ささきいさお、堀江美津子、こおろぎ'73の全盛期だった。発音を真似してメロディをなぞって歌う、という意味では自分のヴォーカルのルーツと言える気がしないでもない。

<小学校低学年>
山口百恵、キャンディーズ、沢田研二、ピンクレディ。ジュリーとピンクレディは何枚かシングルも買った記憶がある。「サムライ」の真似をしたくてボール紙を短刀の形に切ってアルミホイルを巻いて遊んでいた。学芸会的な催しで、男二人で「UFO」をやった。僕は当時はどちらかと言うと優等生で、人前で歌うなど級の誰も予想していなかっただろう。なのでとても受けた。

<小学校高学年>
78年に始まったザ・ベストテン。出ている歌手はほぼ全員好きだった。当時はテレビに出なかった矢沢永吉や中島みゆき、甲斐バンドなども含め流行っていた歌は選り好みせず喜んで聴いていたが、中でもアリスとゴダイゴ、サザン・オールスターズを好んでいた。

<中学校1年生>
まだ比較的新しい言葉だったニューミュージック(甘い目の都会派フォーク。オフコースとかですね)が耳触りが良く、好きだった。怖い先輩に勧められアナーキーなど和製パンクも聴き、これも良いなと思った。要するに好みが未分化で、何でも新鮮だった。クラスメートには小学校の時から兄や姉の影響でセックス・ピストルズやクラッシュを聴いてファッションまで真似ている者もいたが、僕がその辺を聴くのはずっと後だ。山下達郎「Moonglow」を聴いて、吉田美奈子の歌詞も含めて「ニュアンスとしての洋楽」に触れた気がした。こうやって言語化出来たのは最近と言っても良いくらいだが、日本っぽくないという、この感覚は記憶している。
<2~3年生>
友人に勧められるまま洋楽を聴き始めた。気に入って聴いていたのはジャーニーとシカゴ、サイモン&ガーファンクル。見事なまでの統一感のなさだ。LPは高いので、もっぱらテープに録音して貰ったり、FMから自分で録ったりしていた。

音楽以外では小学校の半ばから中学丸ごとSF小説に耽溺しており、専門誌を定期購読し、同人誌に参加して自己流の下手なSFを書いたり、合宿に参加して作家の話を聞いたり、SF大会という、ファンと作家が交流する大規模なコンベンションにも泊りがけで参加した。まあ相当な凝りようだった。

<高校>
一気に音楽の熱波に呑まれて過ごす日々に突入した。和洋問わず片っ端から聴いて、次第に自分に必要なものを峻別するようになった。和に関して、サザンは淘汰されず、ずっと好きなままで、あとは大瀧詠一。彼を通して松本隆の歌詞の世界にはまり、遡って、はっぴいえんどに驚愕した。「リズムと詞」を強く意識するようになった。自分で曲などを作り出したのもこの頃だ。その勢いは、ビートルズとの出会いを経て、決定的になった。松任谷由美と中島みゆきも歌詞の面から改めて徹底的に聴きなおし、物凄い才能だと驚嘆した。音楽をやる、というよりは音楽を作ってずっと生きていきたいと思うようになり、他にはほぼ何も見えないくらいの日々が続くことになる。
ビートルズの作曲家としての圧倒的な力にメロメロになる一方、中期からのジョン・レノンの政治性、思想性に傾倒していた。自然とボブ・ディランも聴き出し、日本のものでは頭脳警察、友部正人なども聴くようになった。またラジオでチャンプルーズの「花」を聴き衝撃を受けたのも高校時代だ。政治的に明確なメッセージを持った音楽を好むようになり、メジャーなところでは佐野元春や浜田省吾もよく聴いていた。
2年生くらいの時に、ストーンズのファースト・アルバムとブルース・ブラザーズのサントラを聴き、これがブルース的なものに触れた最初だ。結構気に入って聴いたが、自分の中でビートルズを超えることはなかった。
当時流行の洋楽は耳にはしていたが一切興味なし。例外的にビリー・ジョエルは好きで「イノセントマン」のテープは擦り切れるくらい繰り返し聴いた。

僕の中高時代はアイドルの全盛期だったが、僕は松田聖子と小泉今日子が好きだった。当時の松田聖子の曲は今でも愛着がある。

シナリオの専門誌を読み漁り、見よう見真似で脚本めいたものを書き、映像に撮る術が何もなかったので声とBGMだけのラジオドラマみたいなものを友人と幾つも録音したり、クラシックギターとフォークギターで作った曲を沢山テープに吹き込んだり、友人宅の倉庫を借りてクラスメートの女の子を一応、客として招いて演奏したりした。18くらいまではそんな感じ。豆腐屋と道路交通整備のアルバイトをして買ったのは革ジャンとエレキギターだ。まあ、やることなすこと全てが衝動の捌け口であり、実験みたいなものだった。

<予備校~大学>
サム・クック、チャック・ベリー、マディ・ウォーターズ、BB.キング、エルモア・ジェームス、レイ・チャールズ、リトル・ウォルターなどもこの頃聴いた。サム・クック以外は18才の僕には、強烈で心に刺さって来るが、とっつきにくい印象だった。「一旦寝かせておこう」と思ったのを覚えている。ジョンは好きだったが、ビートルズからはちょっとだけ気持ちが遠のいていて、彼ら以降の沢山出て来たイギリスのビートバンドから骨のありそうなのを選んだ結果、スモール・フェイセズとフー、マンフレッド・マンにはまった。一方アメリカものではバディ・ホリー、リアルタイムではヒューイ・ルイスが好きだった。ウッドストック時代の音楽、CCR、ドアーズ、ジミヘン、ジャニス・ジョプリンもよく聴いていた。あと中毒的に毎日聴いた時期があったのはヴェルヴェット・アンダーグラウンド。この頃トム・ウェイツとの衝撃の出会いも果たした。トム・ウェイツの酔いどれ詩人、というイメージ戦略はガキの僕には強烈で、聴くだけで大グレの気分に浸れた。
政治的か否かの意識はかなり奥に引っ込んだ感じになったが、言葉の問題はずっと僕には大事で、ディランから連なる系譜としてスプリングスティーンとかジョン・クーガ―・メレンキャンプなども聴いていた。そしてザ・バンドを知った。ザ・バンドはビートルズに匹敵するくらいの影響を僕に及ぼした。今でも一番好きなロックバンドだ。
ブリティッシュ・ロックも変わらず好きでニック・ロウ、エルビス・コステロ、グラハム・パーカー、エディ&ザ・ホッドロッズ、デイブ・エドモンズ、さらにややマニアックなところではルー・ルイス、ダックス・デラックスやビーズ・メイク・ハニーといった、いわゆるプレパンクのミュージシャンに熱狂し、そこでDr.Feelgoodに出会った。そしてやっとピストルズや、クラッシュ、ダムドといったパンクを「ちゃんと」聴き、アメリカのパティ・スミスやジョニー・サンダースも好きになり、ゴリゴリのR&Bをやるバンドを組んだ。最初ギターを持って歌っていたが上手く弾けないので、ギターを弾いていたメンバーがAのハーモニカを僕にくれた。「4度低いキーの曲に合うねん」と言われて、Drがファーストアルバムでカバーしていた「Boom,Boom」(この曲のクレジットでジョン・リー・フッカーの名を知った)に合わせて吹いたのが、ブルースハープの初体験だ。
日本のものは殆ど聴かなくなっていたが、ルースターズのアルバムと、シーナ&ザ・ロケット、山口富士夫の「ひまつぶし」は比較的よく聴いていた。

本は半分中毒のようなもので常に読んでいたが、学業どころではなかった。

ザ・バンドの「ラストワルツ」をセリフを全部覚えるくらい繰り返し観て、そのライブに出ていたポール・バタフィールドとヴァン・モリスンに心を鷲掴みにされ、一気に黒人音楽とハーモニカにのめりこんでいった。つい半年ほど前に「一旦寝かせた」黒人音楽の世界が俄然光を放ち始め、目も眩むほどだった。モータウン、スタックす、ゴールドワックスのソウル、サンハウスからボビー・ブランドまで、シカゴ、テキサス、ヒューストンゲットー、ニューオリンズ、産地がどこでも目についたブルースのレコードは手当たり次第に聴くようになった。日本のブルースバンドについては殆ど知らずにいたのだが、人から教えられ、バーボンハウスなどに妹尾さん、吾妻光良などを観に行った。この間アナログレコードは次第に店頭から消え、CDが売り場を占拠しはじめた。
ポール・バタフィールドのコピーに疲れると、練習対象は次第に黒人のオリジネイター達のものに移行していった。リトル・ウォルター、ビッグ・ウォルター、ハウリン・ウルフ、ジミー・リード、サニーボーイⅠ、Ⅱ、ジュニア・ウェルズ、コットン、スヌーキー、キャリー、ジョージ・スミス、グッド・ロッキン・チャールズ、シェイキー・ジェイク、レイジー・レスター、モジョ・ビュフォードetc…行き詰まると白人巧者のレコードが大きなヒントをくれたりするので結局交互に聴いていた。キム・ウィルソン、ジェリー・ポートノイ、マジック・ディック、リック・エストリン、ロッド・ピアッツァ、ウィリアム・クラーク、ノートン・バッファロー…。あまり注目されないがレジェンダリー・ブルース・バンドの2代目ハーピスト、マディソン・スリムも好きだったし、パイントップ・パーキンスと共演していたリトル・マック、シーゲル・シュウォールなども愛聴していた。

ブルースに草臥れ果てて、悲しい気分にひしがれそうになった時には(今のトム・ウェイツみたいな感じだ)ヴァン・モリスンの80年代後半のアルバムに浸りこんで過ごした。

二十歳過ぎまでをざっと、書いてみた。今読み返して、名前を挙げ忘れているが好きだったミュージシャン、バンドが他にも結構居る(ある)ことに気付く。ジェフ・マルダー、Dr.ジョン、イーグルス、トム・ペティ、ピーター・ケイス、ブッチ・ハンコック・・・。まだまだ居る(ある)と思う。ともあれ二十歳過ぎてからは黒人ブルースとソウル、それも古いものが日常の中心に居座るようになり今に至っている。22、3才以降に知った白人ミュージシャンで大きな出会いと呼べる人達もいるにはいる。ダグ・サム、ジェームス・ハンター、ロニー・レーン、フランキー・ミラー、ジョン・ハイアット、ジョン・セバスチャン、ジャクソン・ブラウン、ロン・セクスミス、ダン・ペン、ジョージ―・フェイム、ボビー・チャールズ、そしてヘンリー・マッカロ―・・・この辺のミュージシャンは恩人のように感じている。

自分の音楽遍歴のようなものを記して、何か明確な足跡みたいなものを過去に見晴るかすことが出来るかと思ったが、混沌が深まっただけの気もする。まあ良い。
そのうち、生涯の愛聴盤オールタイムベストみたいなものを書くかもしれない。万一興味があればまた覗いてください。
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by nogioh | 2011-10-24 23:31 | Comments(4)
2011年 10月 23日

JOURNAL

早起きして買い物し、久しぶりに充実した気持ちで昼食を摂り、古い芸人や音楽の話をし、また、話を聞く。映画「トゥルー・グリッド」を観た。リメイクの西部劇。酔いどれを演じて、アルコールの周辺にある色んな事象まで同時に体の周りに漂わせてしまうジェフ・ブリッジスの演技が素晴らしい。風呂に行き、ゆっくり湯に浸かり、また充実した気分で飯を食った。ゆったりと過ごし気持ちも晴れやかになった。感謝。覚えておきたいことが増えることが生きる喜びだと思う。感謝。
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by nogioh | 2011-10-23 23:52 | Comments(0)
2011年 10月 22日

JOURNAL

レッスンもなく気分ばかりが忙しく、とにかく滅入る一日だった。色川武大「なつかしい芸人たち」、河合俊雄「村上春樹の物語」を読み、家事もやり、夜は車で一人で走った。元気でない時、ブルースは聴けない。ブルースは元気の出る素晴らしい音楽だが、あまりにも自分の日常との癒着、融合が激しいからだと思う。逃避としての音楽、今はトム・ウェイツばかり聴いている。この間まではファッツ・ウォーラ―だった。昔のトム・ウェイツは色々と嫌なことを思い出すが、それでも今の僕の気分には丁度良い。ジャージー・ガール、バーマ・シェイブ、ミリュエル、ブルー・バレンタイン、土曜日の夜…。
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by nogioh | 2011-10-22 23:33 | Comments(2)
2011年 10月 21日

JOURNAL

隣町講座、今年度第1回。1年ぶりの人、2年ぶりの人、初めての人、それぞれの人とのコミュニケーションを僕は楽しみ、参加者の方々には楽器の面白さを堪能してもらうのが目的だ。面白さを堪能するためには多少しんどい思いもしないといけないが、それも面白いとおもっていただけるようない知恵絞り、頑張りたいと思う。今回は複音ハーモニカでベンドをしないので、ブルースハーモニカの時より断然スムースに参加者のきれいな音が聞こえた。複音ハーモニカも奥深く突き詰めると底なしだが、底なしの領域など僕には手が出ない。きれいな音で、リズムを体感しながら、ブレスもきちんとやる。さらに可能ならベース奏法にも挑んでもらう。
近頃特に、色々と屈託を深めつつ息切れしそうになって生きているが、楽しい時間だった。
夜、東京でレコード店を営む友人Hさんから電話。ぼそぼそと近況を語り合った。
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by nogioh | 2011-10-21 23:40 | Comments(0)
2011年 10月 19日

JOURNAL

隣町の役場から依頼を受けて、一定期間ハーモニカ講座を開くということをここ2年やって来て、手応えもそれなりに感じ、楽しい思いもさせてもらったので、今年も実は楽しみにしていた。夏に担当の方から電話があり、ブルースハープ、という枠組みは2クールで終了です、と告げられた。仕方がない。またブルースハープの回がいつか巡ってきた時、お願いします、と答えた。
しかし、その後何度かやり取りがあり、先方のいろんな事情もあって、結局今年も僕が講座をやることになった。でもあくまでもブルースハープはとりあえず終わったので別な楽器で、という点はどうにも変更が利かないようで、何と複音ハーモニカを吹くことになった。勿論専門ではないが、ハーモニカ奏者を名乗っている限り、そして引き受けたからには良いものをやりたいと思う。昨日今日とテキストを作った。なかなかしんどい思いをしてどうせならブルースと無縁なものはやりたくないので、ブギのリズムにチャレンジすることにした。ベース奏法を使ってバックビートを出しながら、1曲吹き通すことを目指す。全4回、最終回には一人ひとり独奏で発表会をやってもらおう考えていて、その際にはピアニストのOさんにも来てもらうつもりです。去年に続いて今年も快諾いただいた。すみませんねえ。

今日も出張レッスン。音楽愛好歴は長いが楽器は初心者の方で、タングブロックしてのベンドがどうもよく判らないということだ。「アウ」、「アオ」、「舌を動かすのではなく上顎を下げてくる感じで、しかも喉は開いて」など通りすがりの人が聞いたら謎だらけに違いない表現で色々試してもらう。終盤、スースーという息漏れの音がなくなり、ワームな太い音が、ちょっとだけ出た。それでも手ごたえは十分あったようで喜んでおられた。こちらも嬉しい。同世代で、プロレスが好きと言う事も今日判明。ディック・マードックから井上京子まで色々話した。レッスン前、時間があったので、新日本プロレスのDVD付きムック(創刊号だけ廉価、という最近よくあるパターン)を買ったところだったのでタイムリーだった。ハンセンとアンドレの試合がノーカット収録というのに惹かれて衝動買いしたのだ。懐かしい。

河合俊雄「村上春樹の物語ー夢テキストとして読み解く」を読んでいる。作者のお父さん(隼雄)と村上春樹との交友は有名だ。お父さんより硬質で哲学よりの文章だが、それでも晦渋な表現は避けるというポリシーは感じられ読みやすいし、半分くらいだがなかなか面白い。
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by nogioh | 2011-10-19 23:16 | Comments(4)