大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

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2014年 03月 30日

JOURNAL

突風と雨で、明け方まで騒がしかったが、出かけるまでに雨は上がった。雲は厚く垂れこめていたが傘は持たずに電車に乗った。シカゴロックは一本で行けるので快速だと40分程度。電車に乗れば拾得やウーララより近くて便利な場所にある。
着くとタカギマンとジーさんが談笑していて、アンプのセッティングなどしているとちひろ君も到着した。曲そのものより、音のセッティングに四苦八苦してリハは終わってしまった。ジーさんと二人でうどんを食って本番。ちひろ君のどす黒いフィーリングが堰を切ったように溢れ出す瞬間をバンドが捉えられた時ぞくぞくする。このバンドの言いだしっぺは僕なのだが、この皮膚がざわつく感覚を、ちひろ君とタカギマンとなら体感できる気がしたのだ。
みなさんお疲れ様でした。マスター、数曲参加してくれたヨシ水野くん、集まっていただいたお客様、ありがとうございました。
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by nogioh | 2014-03-30 23:37 | Comments(2)
2014年 03月 29日

JOURNAL

上七軒のカフェ一期一会にご飯を食べに行った。結構な距離があるのだが、時々むしょうにこの店のアンチョビピザが食べたくなる。一度思い出すといてもたってもいられなくなるくらいだ。こういう現象は基本的に日常の中で食事をかなりどどうでも良い位置に追いやって暮らしている僕としては珍しい。ドラマーでもあるマスターのタカとは、彼が今はもうない伏見のテンホールズキッチンで働いている時からの付き合いだ。昔の印象のままなので若い若いと思っていたが、結構、もう若くないのであった。目が悪くなったとか、動悸がするとか加齢的事象には敏感なくせに、数としての自分の歳は普段忘れている。だから僕は、他人の年を聞いてしょっちゅう驚いている。タカとは共通の知人友人も多いので、久々に話すと盛り上がる。ピザもパスタも生ハムも本当に美味しい。遠くても行く価値がある。近かったらもっと通っているところだ。タイ料理もあって、そちらはまだ食べたことがないのだが、きっと旨いに違いない。
その後風呂に行って、ゆっくりして帰宅。BGMはエディ・テイラーのVJ録音集とストーンズのスティッキー・フィンガース。

なかなかモノを捨てないので部屋がどんどん狭くなって来ている。今週は整理の週だった。収納など多少買い足し、必要なもので溢れているものはしまい、不要なものは捨てる。作業していると驚くべきスピードで時がすぎる。集中力が切れると、書類などろくに確認もせずに捨ててしまう。郵便物等は破いて捨てるので、あっ、と思ってももう遅い。そういう失敗もあるが、部屋が少し広く明るくなった気がして清々しい。まだ終わっていないが捨てる作業は一段落着いた気がしている。

明日はシカゴロック、チヒロ&HIS HAWKSの第2弾です。シカゴブルースのスリルを演者も観客も味わえるライブになるはずです。よろしくお願いします。
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by nogioh | 2014-03-29 23:20 | Comments(0)
2014年 03月 27日

JOURNAL

ずいぶん久しぶりにライブでもないのにバンドメンバー全員が揃うミーティング。前回はレコーディングの時だった。金のことを話したのだ。なかなか面白くないテーマだったのだが、後半に、タバコの試供品を配りに女の子が数人店に入ってきて雰囲気が変わった。ジーさんがその中の一人をからかい始め、向こうもうまくそれに応じて親子ほどの年齢差の二人がきゃっきゃ言い合っているのを見て、他のおっさんメンバーも(その頃はまだ大谷さんは正式メンバーではなかった)和む、という結末を迎えた。今回もその時と同じ店で集まることになった。ちなみにそこは若者向けのファッションビルの地下で、イギリスからユキさん夫婦がやってきた時には、同じフロアにある別な店を使った。
今回も、前回のミーティング以上に気勢の上がらぬテーマではあったが、全員揃うとそれなりにしっくりくるものがあり、年月によって熟成された関わりによる安心感みたいなものは味わった。橋本くん、大谷さんは創立メンバーではないが、それでももう長い付き合いになる。散会のあと、帰る方向によって二手に別れた。僕は橋本くん、大谷さんと一緒だった。二人の飲み足りない様子というか、帰る気がしない風情が見て取れ、僕は飲まないものの気分的には同じだったので、どっか行きます?と言ってみた。結局ラーメン屋に入って、僕は一杯だけ、あとの二人はもう少し飲んだ。
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by nogioh | 2014-03-27 23:58 | Comments(0)
2014年 03月 25日

JOURNAL

プロもアマもごちゃ混ぜに、広い会場にいくつか作られたステージにどんどん上がって日がなライブをする。いわゆる音楽フェスだ。そこには何とボブ・ディランも出ている。僕は楽屋から長い廊下を歩いてバックステージに来てステージ脇から後ろ姿のディランを見ていた。そこに同じように空き時間にひと目ディランを、と顔見知りのハーピストがやって来た。やあ、どうもどうも。出番何時から?などと僕たちは会話を交わした。そういう夢を見た。素晴らしい夢だ。何も良いことなどないのに何で?と思うが、とにかく目覚めの良い夢、というのは久しぶりで嬉しい。ディランの登場は、来日が近い(行きたい気持ちはあったが僕は行かない)のと、つい最近スコセッシ監督のディランの映画「ノーディレクションホーム」のDVDを観ていたからだろう。

高校時代の友人は、小泉今日子が家に辞書を返しに来る夢を見たと言っていた。その友人はどこかの屋上でストーンズとセッションする夢も見たらしい(屋上、というのはLet It Beのイメージも混ざっているのだろう)。彼はそこでギターを弾いていたが、左利きの為ギターの向きが逆で、横でドラムを叩くチャーリー・ワッツの腕にネックが当たりそうになる。チャーリーは関西弁で「邪魔やからもうちょっとあっち行って弾け」と友人に注意したそうだ。

何という良い夢だろう!他人が寝てみる夢を羨むのもどうかと思うが、俺もそういうの見たいなと思ったのを30年近く経った今でもよく覚えている。

今日のレッスンは、クオリティの高いロックのライブを長くされてきた方。タングブロックも短期間でマスターされた。スケール感覚を磨いて、曲を作る感じで歌モノに絡んでゆく工夫を色々試みた。難しいものだ、と実感した。安西水丸氏の逝去についての話題になった。村上春樹との絡みでこの人の名を知ったという人がやはり多いのだろうが、僕は氏が若い頃ガロに描いた漫画を集めた作品集をずいぶん昔に買って持っていて、好きだったのでそちらの印象が強い。昨年末に亡くなった大滝詠一ほどの思い入れはなかったが、残念なニュースだった。ご冥福をお祈りします。
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by nogioh | 2014-03-25 23:44 | Comments(0)
2014年 03月 24日

JOURNAL

ナット・キング・コール・トリオを聴きながら、なるべく小難しい本を選んで、何も頭に入らなくなるまでひたすら読む。寝そうになるのを堪え、風呂に入るかどうしようか迷っていると、ふと買い物を思い出し、スプリングスティーンのネブラスカを聴きながら車でドラッグストアに向かう。買い物を済ませて、なにも急いで帰る必要などないのだと自分に言い聞かせ、深夜まで若者がだらしなくたむろしているリサイクルショップへそのまま向かう。古本やCD、古着、中古ギターを冷やかして、店先でタバコを一本吸って、音楽をジェリー・ロール・キングスやスヌーキー・プライアーに変えて家に帰る。風呂に入り、うだる寸前まで湯の中で本を読み、風呂から出て夜着に着替えてコーヒーか、たまにウイスキーを氷で割ったものを飲み、大抵の場合管楽器系のジャズか、古いシカゴブルースを掛けて眠る。そして朝起きて、猛烈な髪の寝グセと格闘する。

ライブもレッスンも、何もない夜がしょっちゅうではないけど時にはあり、上記は僕の、そういう夜の過ごし方の一例だ。現実逃避の仕方、と言った方が良い気もする。誰とも会わない、誰とも話さない、そういう夜。本当は、プライベートな雑用は沢山あるのだ。仕事には一切関係のない、それどころか直接僕に関係ないにも関わらず、それでも僕がやるしかないという書類の処理やメールや電話などだ。そういった事象は向き合うや否や僕から悉く生きるための活力を奪い去ってしまう。だからいつも出来る限り逃げる。見ないし、触らない。とは言え逃げ果せられる筈もなく、大抵次の日には追っ手は僕をたやすく捕え、泥色の時間の渦に強制的に僕を放り込む。そして追っ手も結局は僕自身なのだ。年をとるにつれてそうした細かくて気の滅入る用事に浪費する時間は増えてゆく。空気が薄く、視界も狭い暗がりの未舗装道を、5年前に落としたコンタクトレンズを探していつまでも歩くような時間だ。基本的に人と話す機会の多い毎日を過ごしているが(上記のように例外的に何もない日もあるが)、多かれ少なかれそういう虚しい徒労を繰り返しつつ、それでも安定した毎日を、多くの人が送っている。長く安定とは遠い日々を送ってきた僕も、ここ10年くらいで気分的には結構安定してきた。でもそれはこうした細かくて気の滅入る種々の任務を放擲して漸く成り立っていた安定なのだ。どうしても慣れるということができない。困ったものだと思う。

安定、で思い出したが、安定した生活と仕事を捨てて、自給自足を目指して過疎の山村に転居した知り合いが、かつていた。とても繊細な人で、共通の友人を介して一時親しくしていた。飲みながら芸術論めいた話もしたと思う。16、7年前のことだ。まだ若かった、とは言え、一般的に若いと呼ばれる年ではなかった。それだけ真剣だったということだろう。バブルは崩壊し不景気になり、世紀末の薄暗い予感が日本を覆っていた。一方では祭りの残り滓のような浮かれ気分を引きずったままの人(大損した、と騒ぐ金満家等)も多く、ミレニアムの祝祭ムードが大手広告代理店の操作で強引に醸成されつつもあった。自給自足など僕にはとても真似できない、と思った。彼の決意にはロマンチシズムに薄められているが反権力、反資本主義的気分が明らかで、それまでの生活の中で彼が大きく傷ついて来たことを伺わせた。その痛手が、そうした晴耕雨読的、幾分牧歌的なアナーキズムに彼を向かわしめたのだろう。でも、それがどこに帰結して、次の生の階梯はどのように現前することになるのか、僕には自分に置き換えて想像してみることすら出来なかった。同時に現状にとどまる自分に後ろめたさを感じたのも事実だった。元気にされているだろうか?

色んな人と関わってきた。

初めて、人前で演奏する機会を与えてくれた人も色んな国を放浪するヒッピー的な暮らしをしていた。僕の年代だと、辛うじてそうしたヒッピー文化・ビートニクの影響を思春期に受けた先輩と直に接する機会があった、ということだろう。そのヒッピー風の人と同世代であろう作者による現代版ビートニクへの誘い、みたいにも受け取れる漫画もその頃流行り出していて、僕の周りの音楽関係者も喜んで回し読みしていたものだ。僕も読ませてもらったが、正直さして感心しなかった。僕はギンズバーグもケルアックもバロウズも、永島慎二の「フーテン」も好んで読んでいたが、その漫画はどうもしっくり来なかった。エンタメだからそれで良いのだが、都合良く作られすぎていた。三枚目風の二枚目を戯画化するなら寅さんで良いのだ、と思った記憶がある。

ちなみに僕はそのライブではフェンダージャパンのストラトを弾きながら、チャック・ベリーの「Maybelline」「Talkin' About You」、バディ・ホリーの「Peggy Sue」、ニック・ロウの「I Knew The Bride」を歌った。
達成感も何もない悪夢のような時間だった。「10代でライブしたい、って言ってたのが実現して良かったやん」とその頃仲良くしていた女の子は言った。こんなに惨めな気持ちになるなら実現しなくて良かったと僕は思った。人前で、ギター/ボーカルの体裁でギターを弾いたのはそれが最初で最後だ。ハーモニカを吹きはじめるのは、それから3ヶ月後だった。

とりとめない記述になりました。
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by nogioh | 2014-03-24 23:38 | Comments(0)
2014年 03月 23日

JOURNAL

昼間レッスン。久しぶりの方。携帯が壊れて以来連絡が取れなかったのだが、PCのアドレスが残っていてメールしてみたら大きな繁忙期が過ぎ、丁度レッスンに行きたいと思っていたと返事が来て久しぶりに会えた。セッションで使えるモジョ・ワーキン・タイプの曲の常套句的フレーズ(イントロの出し方、バッキング、ソロ、エンディング)、とウォルターのMY BABEのコピーの採点(訂正?)。

ああ。書いてなかったが携帯は結局治らなかった。「充電ランプは点くから大丈夫じゃないですか」と電話会社の若者に期待を持たされ安心していたら、旅先に電話がかかってきて、挙句「データの修復は不可能です」と告げられた。2月なのにとても暑い日で、汗をかきながら僕は電話の相手に向かってふた言三言文句を言ったが相手は手馴れたもので「残念ですが」の一点張りだった。上着を脱いで、タクシーを拾い、待ち合わせの場所に向かう車中僕はずっと汗を拭いていた。約束より結構早く着いた。車から降りると途端に頭痛が始まり、僕は薬局を探し、頭痛薬を買い、水もなしに飲み、丁度手近にあったマッサージ店に入って20分、首と肩をほぐしてもらった。その間ずっと僕は怒っていたのだが、店を出て待ち合わせ場所に歩いているうちに疲労感に変わった。誰に怒っているのか判らなくなり、そもそも対象がはっきりした怒りでもなかった気がして来たのだ。薬とマッサージで約3000円。高いのか安いのか知らないが、これで僕は別な何かも一緒に買ったということだろう。
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by nogioh | 2014-03-23 23:47 | Comments(0)
2014年 03月 21日

JOURNAL

祝日。今日からは逃げ道なしの春だ!という日。そんなことをなぜわざわざ国を挙げて祝わねばならないのか、全く判らない。結構早く起きたのに、昼間のレッスンまでに色々することがあって(細々した家の用事です。色々きれいにすると結果自分が汚れて風呂に入ったりもする)約束の時間ギリギリになってしまう。止まっていたバンドを今年こそ再始動させたいと意気込む古い方。この人も年が僕と近く、とても忙しく本人曰く「残念な」日を送っている。クロマチックのオクターブと単音の切り替えの練習、リズムの基礎練などをする。
夜、もう一人レッスン。基本的に僕はずっとギターを弾いて、ほぼハープを吹かないパターンの人。随分増えたコピーのレパートリーから「次は久しぶりにキーAのシリーズからこの曲」と、その人が再確認したい曲をチョイスし、僕は伴奏をする。気になるところはその都度「そこ、ブローじゃなくてベンドやろ?」などと指摘する。

昼間の人がちょっと昔のロッド・ピアッツァのCDを○ピーして持ってきてくれた。いつの間にか僕の家から姿を消した懐かしいアルバムだ。誰かに貸したままなのか、間違って売ってしまったのか(どちらも大いにあり得る)とにかく忽然と消えたのだ。初めて買ったピアッツァの作品。アレックス・シュルツがギターを弾いている。
早速聴いている。若い頃、黒人白人問わず、手当たり次第にコピーした様々なハーピストの中の一人だが、たまに食傷気味になる。技巧的で格好良いが、ちょっと飽きる時があるのだ。ジョージ・”ハーモニカ”スミス・チルドレン同士でも、ウィリアム・クラークにその感覚を覚えることはない。微妙なものです。でも今も現役だし、ハープ・ブルースの歴史にこの人の残した功績はとても大きい、それは確かなことだ。
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by nogioh | 2014-03-21 23:43 | Comments(2)
2014年 03月 19日

JOURNAL

久しぶりに車の中でのレッスンをやった。僕と近い年代の方は大抵今忙しく、目まぐるしい日々を送っておられる。そういう年代なんですね。そして僕の周りの多忙な人々が申し合わせたように言う言葉は「儲かって忙しいわけではないんです」というもの。これも実際そうなんでしょう。何もかもを受け入れて日々を懸命に生きる姿には、実に叱咤激励される思いだ。初心者だったがみるみる上達されてライブまでされるようになったのは加齢をものともしない気力と努力の賜物だ。ベンドする時に音が切れるのが気になるので指摘する。音を「切る」ことはよくあるが、「切れてしまう」のは良くないのです。
途中、「今、新日が面白いですねえ」と生徒氏の方から言い出され、そこからはプロレスの話を沢山した。ニック・ボック・ウィンクル、ボブ・バックランド、ダスティ・ローデスからダイナマイト・キッド、ピート・ロバーツまで、往年の外人レスラーの話に花が咲いた。懐かしい懐かしい。
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by nogioh | 2014-03-19 23:34 | Comments(0)
2014年 03月 18日

JOURNAL

今日のレッスンは、ホートンに苦しんでいる方。いくつかトライしているのだが、今日はWalking By Myselfだった。リトル・ウォルターのように音数が多目なプレイヤーも、コピーの精度を上げるのは難しいが、ホートンみたいに音数が少ないソロもブレスの問題など、やはり大変だ。Walking…の出だしなどは、楽器のコンディションによってもしんどさが全然違ってくる。リードがちょっと固めのハープだとなかなか息が苦しいです。二回しあるソロの継ぎ目の部分で、3穴ブローがなぜ入るか、そういう細部の意味なんかも考えてやっていただきたいと思います。
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by nogioh | 2014-03-18 23:26 | Comments(0)
2014年 03月 17日

JOURNAL

朝からよんどころない手続きの為、某会館へ。とても面倒くさい。役人が「それはこの封筒に、早く!入れて!」と指図したので「えらそうに言うなあ」と独り言を言ったら意外と大きな声が出てしまっていた。昼からはハード目のギターブルースの新譜に関する書き物をした。夕方はレッスン。初心者で色々簡単な曲をやって来たが、ハーモニカにも結構慣れて来たので、やはりブルースをやりましょう、ということになった。ひと回し(12バー)アドリブで吹いて欲しいと言われ何も考えずやると、出来はともかく、ジュニア・パーカー風のフレーズが出て来た。好きでよく聴くハーピストだが、不意に出てきたので自分で意外な気持ちがした。夜は某ハーピストと電話で話した。「某」が多くてどうもいけませんな…。普段会うことは少ない人だが、たまに話すと例外なく長くなる。今日もちゃんとした用事があったのだが、それ自体はすぐに終わってそれ以外の話ばかりしていた。呼吸の全てがため息になってしまいそうな出来事もあったのだが、楽しい時間も存在して有り難かった。助かった、と心から思う。
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by nogioh | 2014-03-17 23:39 | Comments(0)