大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

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2014年 04月 30日

JOURNAL

昨日は祝日でだいたいの人が休んでいたから、いつも市内のスタジオでレッスンしている生徒さんが、遠方からうちにお越しになった。スタジオには僕が勝手に触っても良いギターがなく(運び込めば良いのだが)、生徒氏が吹く際にはハーモニカで伴奏をつけたり、ノートとかダンボールを叩いてリズムを出したりする。そういう人の演奏に、たまにギターで伴奏をつけると新鮮で面白い。ハープの聞こえ方も変わる(実際ハープも変化しているのだろう)し、スタジオでは気づかない欠点が見えたりもする。今日の生徒氏は広い音楽知識を持つ、もともとはギタリストだった人で、途中、休憩時にはジェフ・ベックのDVDを観てやいやい言い合ったりした。

今日は夜中、別な生徒さんから嬉しい報告のメールがあった。良かった。
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by nogioh | 2014-04-30 23:25 | Comments(0)
2014年 04月 27日

JOURNAL

今日は久しぶりのアウトループウェイでのライブ。某ギタリストの結婚式の帰りにこの店でやって以来だ。ギターの植村さんの企画で実現した。Low Down Dogsという名がついているが、基本的には今夜限定のバンドである。ギター、ヴォーカルに植村純次さん、ドラムには北川よーちゃん、ピアノは大谷さん。旧知の人ばかりで何の気も使わないと言っても良い。よーちゃんは、レゲエなどをやるバンドで一緒になり(僕は22歳くらい、彼は27歳くらい)、その後、大野木バンド結成時に誘って15年一緒にやった。ご一緒するのは彼がバンドを去って以来だそうだから何と7年ぶり。その間何度も会っているのでその実感はないが、そうなんですって。植村さんも、何かやろうやろうと、しょっちゅう言い合っているのに一向に具体化せず、今年会うのは今日が最初だった。植村さんの持ってきたセットリストは難しいものばかりだが、非常に僕の好みでリハから楽しかった。王将に全員で飯に行き、軽く飲んで本番。僕はPee Weeの「Change Your way of Loving」、T-Boneの「Evening」、Little Walter「(You'd Better)Watch Yourself」、Slim Harpo「Scratch My Back」を歌った。お客様も沢山入り、歓声も暖かく、とても楽しくやれました。ありがとうございます。マスター三田君、ありがとうございました。メンバーの皆さん、とりわけハニー・ピアッツァばりに、左手でベースラインをキープし続けた大谷さん、お疲れ様でした。
「Evening」は、23,4年も昔、三島さんと知り合って、僕の幼馴染のギタリスト、学生時代の仲間のリズム隊と一緒に実験的にスタジオに入っていた頃歌っていた懐かしい曲。フェイバリットです。「Watch Yourself」もバンドではあまりやらないが、昔さんざんやった曲だ。これはより古く、ロックバンドをやっていた時分のレパートリーだった。イギリスのパンク系ハーピスト(そういう人がいるのです)、ルー・ルイスが取り上げていて、名ライブオムニバス盤「London R&B Session」に入っていた。メンバーの家で一緒にこのレコードを聴いていて、ルーの大ファンだった僕らは、すぐに、「これやろう!」と盛り上がったのを覚えている。
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by nogioh | 2014-04-27 23:33 | Comments(2)
2014年 04月 21日

JOURNAL

夜、明里さんから連絡が入り、正式にわがバンドに参加していただけることになった。三島さんがエレキでの活動不可という緊急事態が生じた時から、口にはしないがメンバー全員の脳裏に明里さんの名前が浮かんでいたはずである。長くやっていると、うまいギタリストに沢山出会う。一緒にやる機会もあって、長い経験を重ねて出来上がった円熟味と、深い知識のエキスがそのプレイからゆらゆら立ち上る時はいつも感嘆する。でも、何度もバンドのゲストとしてステージを共にし、過去2枚のCDのどちらにも参加していて、僕らのやりたい音楽を説明抜きで理解してくれる人、となると彼を置いて他には考えられなかった。で、どうしても三島さんは無理、となった時からちょっとずつ動き出していた。誰よりも明里さんの加入を望んでいたのはおそらく三島さんで、彼自身も何度も明里さんに直接交渉していた。この二人は、深いところでお互いのプレイを理解しあっているところがあり、ゲストに明里さんが弾きに来てくれた時など、三島さんはいつもより高揚し、特にバッキングギターが冴えるので僕も歌っていてとても楽しかった。多忙な方で、調整に時間はかかったが返事が聞けてとても安心した。心底ほっとして、僕は外をうろうろしている最中だったが、その場にへたり込みそうになるくらいだった。
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by nogioh | 2014-04-21 23:21 | Comments(0)
2014年 04月 20日

JOURNAL

三日くらい前に風邪をひき、同時に腰を痛めた。整体の先生に相談に行き、一旦ましにはなったが腰は今日も痛かった。風邪は名残り程度。昼間、古参の生徒さんレッスン。クロマチック、2ビート、2・5のソロなどを練習する。
ジョン・リトル・ジョンのCDを土産に持参してくれた。嬉しい、ありがとう!レッスン後慌ただしく準備してシカゴロックへ。三島さんがいなくなって一回目のライブ。ピンチヒッターとしてお願いしたのは大先輩、バッドボーイ明里さん。あまり時間がなかったが丁寧にリハをして、全員でうどんを食べに行った。
Off the Wall /Just a Feeling/Big Town Playboy/Early In The Morning/Someday/I Got to Go

Juke/High Temperature/Ice Cream Man(Vo.明里さん)/What In The World/Me and Piney Brown/Evening Sun//Evan's Shuffle

ウォルター、エディ・テイラー、ジュニア・ウェルズ、ナイトホウク、ジョン・ブリム、ジョン・リトル・ジョン、ホートン、マディ。何というか、黄金期シカゴブルースのオンパレードみたいな選曲だった。決めの多いのは避けたという、明里さんへの気遣いのようなものもあったが、やはり明里さんのギターが入るとなるとこの辺りをやりたくなるのです。明里さん、「シカゴロックのライブはマスクマンとして登場するからね」の予告通り、マスクをして、そのまま外さずヴォーカルもとっておられた。明里さん、バンドメンバーの皆さんお疲れ様でした。塩山さん、お客さま、ありがとうございました。一旦吹き飛んだ風邪の残滓は、近年なかったほど猛烈な頭痛となって戻ってきて、帰りの電車は平静を装いつつ内心では苦痛に悶えておりました。
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by nogioh | 2014-04-20 23:36 | Comments(0)
2014年 04月 12日

JOURNAL

西院ウーララは、お店の開店からお世話になっている。12,3年前、マスターが直々に僕らの拾得でのライブにお客さんとして来られ誘っていただいた。以来ずっと出ている。
今日もいつものようにメンバーがぞろぞろ集まり(ジーさんは珍しく遅刻した。ちゃんと時間をかけてリハをしようとした時に限って遅れるのはこの人らしいとも思える)、リハをやって天一でビールで乾杯した。駅前の王将に行くことが多いが、今日は時間がなかった。ふらっとハルズのドラム、小川さんが入ってきて「飯食ったら見に行くわ」と言ってくださった。会場は満員になった。三島さんを紹介するとひときわ拍手と歓声と野次が大きくなった。僕らの、とりあえず今日までの歴史(21年だから、もう歴史といってもそうオーバーではないだろう)の集大成的なバラエティに富んだセットリストだったが、違和感なく演奏できた手ごたえはあった。拍手がやまず、2回アンコールさせていただいた。
Guitar Boogie Woogie shuffle twist/She's Hungry/Tell me what's the reoson /Can't hold out much longer /LIVING GOOD /SCRACH MY BACK /ROLLER COASTER/

BOUNCE LIKE A BALL /CANDY HEARTED WOMAN /LUCILLE /Greenback /CHERRY PINK BLOSSOM WHITE /BIG TOWN PLAYBOY /AIN'T THAT LOVE /CLUCK STUCK ME /CREEPER //Real gone lover//Wammer Jammer

メンバーのみなさま、お疲れ様でした。お客様ありがとうございました。
三島さん、ありがとうね。元気でいてください。またいつか、どんな形にせよ何か一緒にやりましょう。今まで通り、たまに家に遊びに行きます。
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by nogioh | 2014-04-12 23:59 | Comments(2)
2014年 04月 11日

JOURNAL

ギターの三島さんが音楽活動を無期限休止する旨、フェイスブックに書いたら、やはり結構な反応があった。直接電話やメールを下さる方も何人もいた。この日記にも書いた「気勢のあがらぬミーティング」のテーマはこれだった。つい最近だ。とにかく急に決まったのだ。すぐに後任が決まるかどうか、トラで誰かに頼むにせよ、いつもいつもトラのギタリストがいるのか、という不安はある。三島さんに頼むしかない局面もあるかも知れない。だが、とりあえずは次で最後と決まったならば、やはりその事情を伏せてライブ宣伝はできない、とメンバー全員で決めた。明日は良いライブにします。ウーララにどうぞお集まりください。よろしくお願いします。
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by nogioh | 2014-04-11 20:46 | Comments(0)
2014年 04月 07日

JOURNAL

夕方、駐屯地のある駅で、プロレスに大変造詣の深い友人(先輩)と待ち合わせし、天一にラーメンを食べに行った。電車だと二駅の距離を先輩の車で移動した。飯の途中、色々と話したが、話し足りなくなり近くのからふね屋に移ってコーヒーを飲んだ。この喫茶店のすぐ向かいはボーリング場で、北隣は病院だ。毎週末朝までボーリングをやり、このからふね屋で朝飯を食べて帰る、というのを続けていた時期があった。学校を辞めて、音楽でも当然食えなくてとうとう勤め始めた頃だ。バブルの只中で、20歳過ぎならバイトも正社員の口もいくらでもあった。給料は良くなかったが、まあ景気は良かった。不動産業者と土建屋を相手にする商売で、地上げの実態や、成金とはどんな人々か、僕は日々目の当たりにして過ごした。大金持ちだった社長が、ある日集金に行くと夜逃げしていたこともあった。勤め始めて何年か経って、僕は実家を出て今日の集合場所であった駐屯地のある駅の近くに移り住んだ。同じ頃、今日コーヒーを飲んだからふね屋の隣の大きな病院に母親が入院した。毎日見舞いに通い、帰りには駅前にあった西友(今は違うスーパーに変わっている)によく寄った。色んな物事の均衡が崩れて、僕の生活はそれくらいから滅茶苦茶になってゆく。そして暗黒の数年間、と呼びたいくらいに感じているこれまでで最もタフな日々に突入してゆくのだ。ろくな事がなかった。でも、とにかく鮮烈で記憶から決して消えない出来事が相次いだ。そんな、過去がどうしようもなくこびりついた土地で、今日は少々未来に関わる話をした。年をとった実感も湧くが、陰が陽に転じる音が聞こえるような気もして、なかなか良いものだった。
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by nogioh | 2014-04-07 23:03 | Comments(0)