大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

nogioh.exblog.jp
ブログトップ
2005年 10月 12日

JOURNAL

リービ英雄「星条旗の聞こえない部屋」(講談社)。これもなんべん読んだだろう。アメリカ人の手による表現言語としての完璧な日本語。それによって描き出される日本とアメリカ、日本語と英語の蹉跌。主人公のアメリカ人青年が新宿の喫茶店でヒッピー風の女と接触するシーンがある。このくだりを初めて読んだ直後の上京で、僕は新宿の喫茶店で飲むコーヒーの味が全く違ったものになってしまった。似たような経験を記す人は多い。GAIJINが書いたNIPPONの日常風景が、読者の現実のありふれた眺めや生活を見違えさせる。インテリが使う文学用語でいう異化ですな。
ACESの日本盤「ジ・エイシズ」を久々に聴く。ドラムだけ延々と聴いていたいと思うくらい完璧な楕円型にスウィングするビートをフレッド・ビロウが叩いている。リチャード・イネスやマーティ・ドットソンら西海岸組の凄腕現役白人ドラマーも勿論これを手本にしている(に違いない)。その影響力は唯一無二で、流派的なものが割と明確で色々選べるハーモニカ吹きの世界より圧倒的だ。などと昔から方々でいっぱい喋ったようなことを半分寝ながら考えた。「日がとっぷり暮れて夜がきた」古いブルースの歌詞は主に常套句の世界だが(エディー・ボイドやJ・Bルノアのような例外もある)、聴いていると今京都を包む夜がただの夜ではなさそうに思えてくる。サウンドと相俟って、これも絶大な異化効果。
[PR]

# by nogioh | 2005-10-12 00:00 | Comments(0)
2005年 10月 11日

JOURNAL

毎年冬になると東京に行きたくなる。行って何するでもなくひたすら、足が棒になるまで歩き回り、神田や御茶ノ水で古本屋をひやかしたり、楽器屋を覗いたりして過ごす。プロレスやボクシングを観たりもする。一度だけ江古田の店でセッションしたな。住むのにはどうか判らないしあまり考えたことないが、徘徊してものを考える場所として強い思い入れがある。今年の三月の滞在は恥ずかしながら金欠で、数年前に一度世話になった会社で一週間の日程のほぼ毎日働いた。引越しを手伝ったり、子供用のバレー服を仕分けしたり。仕事が終わると友人の萩原氏経営のレコード店「だるまや」がある池袋に戻り、萩原氏と飯を食いに行く日々。仕事はしんどくて、カプセルホテルでマッサージを受けたおばさんに「可哀相に、足も腰もこんなになって!」と同情される有様だったが、楽しかった。その萩原氏招聘によるHenry McCullough氏とのライブが目前で落ち着かない。もう東京に来ていると、萩原氏から電話があった。小林信彦「袋小路の休日」再々読。長らくこの人のファンだが、本書のようなシリアスな系統のものを読むとまた反射的に東京に行きたくなる。涼しくなってもきたし。
[PR]

# by nogioh | 2005-10-11 00:00 | Comments(0)
2005年 10月 10日

JOURNAL

現代詩読本・田村隆一(思潮社)。「どんな人生にも頭韻と脚韻がある」生老病死の戦後的(?)表現。→ラングストン・ヒューズの有名な一節。これはごく単純過ぎる読みに違いないだろうが、元気が出る。この本では吉本隆明の評論の中に抜粋のみの登場だが「雨の日の外科医のブルース」の、ブルースという言葉の使い方はしっくりくる。十二小節スリーコードの「形式」への理解を感じる。たいした読書家でもないのでアレだが、日本の文学には珍しい感覚だと思う。僕が好きで読んだ人で他にというと寺山修司くらいか。
[PR]

# by nogioh | 2005-10-10 00:00 | Comments(0)