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2018年 09月 01日

JOURNAL

リチャード・ブローティガン「アメリカの鱒釣り」何度目かの読了。読みたいタイミングで読んだので充実感があり、面白かった。
本がすぐに見当たらなくなってしまうので読みたい時に見つからないと買いなおしてしまう。文庫で入手できれば新品を買うがそうでない場合はインターネットでセコを探す。Amazon…。時代は変わった。
大学の出版局から出ている学術書と呼ばれる類のものや、フォークナーの全集を出していた冨山房、小川国夫の初期作品を出していた小沢書店など所謂マニアックな出版社の古本、時には絶版の漫画(佐々木マキ、つげ忠男、鈴木扇二、やまだ紫ect)を探すためだけになけなしの金をはたいて夜行バスに乗り年末になると上京していた時期があった。関西にも古書店は数多くあるので、本探しを口実に東京に行っていたとも言えるが、実際本とレコードを買う以外にしたことと言えば後楽園ホールに足を運んだくらいで、誰とも会わないし、ほとんど口もきかない旅だった。本もレコードもプロレスも実際はどうでも良くて首都に埋もれて誰とも会わず口もきかない時間を求めて出かけていた気がしないでもない。二十年以上前の話だ。少々鬱気味な時期で、抗うつ剤や睡眠薬より雑踏と一人の時間がよく効いた、ということかもしれない。本を幾冊か買って、レコードとCDも何枚か、それだけで荷物は耐え難いほど重くなってしまう。コインロッカーにカバンを入れ、または宿泊先のフロントに荷物を預け(その頃いつも泊まっていたのは池袋のロビーというカプセルホテルだった)手ぶらで後楽園の噴水のそばに座り、冷たい風に震えながら何もせずじっとしているのが好きだった。そのうち、東京にも縁あって知り合いが出来て、その人の家に泊めてもらうことが多くなり、さらに知り合いは増え続け、そうするうちに僕も癒えて元気になった。東京で演奏しないかという声もかかるようになった。そして気付けば、部屋から一歩も出ないまま何でも揃う時代になっていた。さんざん使っておいて苦いことを言うつもりはない。ただ、どこに行ってしまうのかという思いは消えない。時代に抱え込まれてしまっている心許なさがある。
その頃大好きだった音盤。オルガンの魅力を僕が最初に学んだのはジミー・スミスでもジャック・マクダフでもブッカーTでもなくこのジョージ―・フェイムによってであった。
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by nogioh | 2018-09-01 23:25 | Comments(0)


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