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大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

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2007年 04月 23日

JOURNAL

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」(早川書房)。原書を買って読み始めながら、途中で翻訳を買い、あとは夢中で日本語の方を貪り読んだ。何を書いても、今後読むかもしれない人にとっては、いわゆるネタばれになるので、ストーリーについての言及は避けるが、昔、SFを沢山読んでいたことで、そうでない読者が感じるかもしれない幾つかの戸惑いを僕は避けられた、というのはあったと思う。しかしそんなのは大した事では全然ない。語り手、及び周辺人物の、世界への接し方、カセットテープから、命までを見つめる眼差しの造型の精緻さに先ず驚いたし、結局はそこに一番感動した。云いかけては止めて、暫くしてその詳細を改めて明らかにするという語りの工夫によって読者は何度もページを逆行することになるが、そうすることで、一つ一つのエピソードがより重層的に心に響き合う。同じ話を、省いたり、分析したり、少しずつ様子を違えて繰り返すというやり方は映像的。換喩効果、というのか。エンドレステープのようなもので、自動的な発想では突飛な設定に思えるようなものでも、やがてはそれが凄まじいリアリティを獲得するのだから、その書き方たるや抜群の威力と言うべきだろう。恐ろしくて、哀切な、近年一番の青春小説。もちろん単なるエンターテイメントではない。問いかけられているものは実に、重く深い。しかし、これを青春小説と呼びたくなる理由は、読んだ人なら理解できると思うのだ。流石に貧困な語学力の僕も、翻訳で読んだ後は多少スムーズに原書が頭に入る。土屋氏の訳業が、どんなに素晴らしいかも認識できる。僕の場合、それがどのくらいのレベルの認識かは別にして(低いに違いない)。

by nogioh | 2007-04-23 00:44


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