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2006年 12月 07日 ( 1 )


2006年 12月 07日

JOURNAL

ああ、ああ、と思った。...これは藤枝静男の名作「悲しいだけ」(講談社文芸文庫)の一節だ。妻に先立たれた場面の描写で、悲しみを表現してこれ以上のものにはお目にかかった事がない。時々思い出して読み返したくなる。近頃は、ビートルズのアンソロジーのDVDを毎日観ている。もらった当初も毎日毎日観たから、場面によってはインタビュアー(ジュールズ・ホーランド、exスクイ-ズ!懐かしい!)の笑い声が入るタイミングも覚えてしまっている。映画でも本でも、身近な人に再現して見せられるようになるまで繰り返して味わうのが僕の鑑賞の形なのだが、なぜ今ビートルズの映像にこれほど惹かれるのかが問題だ。去年、ビートルズとも縁の深いギタリスト、ヘンリー氏とやった時は見たいと思わなかった。僕の洋楽の原体験であり、僕にとっての音楽そのもののあり方を決定付けたバンドだが、今若い日の、創造に燃え立つ彼らの映像が限りなく僕を励ますことには、きっと意味がある。前向きに考えたい。
 伊集院静「可愛いピアス」バブル崩壊から数年、破裂のツケが、地道に生きる庶民に回ってきた頃に書かれたもので、僕自身の暗い時代とも重なっていて(僕はバブルで良い目もしていないし、あおりを食って大損もしていないが)いちいちよく判る。加齢臭なんて言葉が、この時期もうあったことは知らなくて、ちょっと驚いた。その匂いは立派に生きてきた証だ、と断じ、件の言葉は愚かな造語だと怒る伊集院氏(世代的に、作詞家・伊達歩としての活躍が小説以上に懐かしく馴染み深い)に喝采を送りたい。僕は今のところ無臭のおじさんと言われているが、新しく作られる言葉や、それを持て囃す側の態度に大きく欠落するものがあると常々感じている僕には、すっとする記述だ。欠落しているものは、例えば最低限の誠実さだ。
 
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by nogioh | 2006-12-07 19:45 | Comments(2)