大野木一彦のJOURNAL・ブルースハープ・ライブ・レッスン情報

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2005年 10月 11日

JOURNAL

毎年冬になると東京に行きたくなる。行って何するでもなくひたすら、足が棒になるまで歩き回り、神田や御茶ノ水で古本屋をひやかしたり、楽器屋を覗いたりして過ごす。プロレスやボクシングを観たりもする。一度だけ江古田の店でセッションしたな。住むのにはどうか判らないしあまり考えたことないが、徘徊してものを考える場所として強い思い入れがある。今年の三月の滞在は恥ずかしながら金欠で、数年前に一度世話になった会社で一週間の日程のほぼ毎日働いた。引越しを手伝ったり、子供用のバレー服を仕分けしたり。仕事が終わると友人の萩原氏経営のレコード店「だるまや」がある池袋に戻り、萩原氏と飯を食いに行く日々。仕事はしんどくて、カプセルホテルでマッサージを受けたおばさんに「可哀相に、足も腰もこんなになって!」と同情される有様だったが、楽しかった。その萩原氏招聘によるHenry McCullough氏とのライブが目前で落ち着かない。もう東京に来ていると、萩原氏から電話があった。小林信彦「袋小路の休日」再々読。長らくこの人のファンだが、本書のようなシリアスな系統のものを読むとまた反射的に東京に行きたくなる。涼しくなってもきたし。
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# by nogioh | 2005-10-11 00:00 | Comments(0)
2005年 10月 10日

JOURNAL

現代詩読本・田村隆一(思潮社)。「どんな人生にも頭韻と脚韻がある」生老病死の戦後的(?)表現。→ラングストン・ヒューズの有名な一節。これはごく単純過ぎる読みに違いないだろうが、元気が出る。この本では吉本隆明の評論の中に抜粋のみの登場だが「雨の日の外科医のブルース」の、ブルースという言葉の使い方はしっくりくる。十二小節スリーコードの「形式」への理解を感じる。たいした読書家でもないのでアレだが、日本の文学には珍しい感覚だと思う。僕が好きで読んだ人で他にというと寺山修司くらいか。
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# by nogioh | 2005-10-10 00:00 | Comments(0)
2005年 10月 08日

JOURNAL

森内俊雄「骨の火」(講談社文芸文庫)。異様な緊迫感。宗教的挫折と官能と転落の生についての微細な描写の長い蓄積。時々びっくりするほど下世話な言いまわしが出てくる。発表からの二十年の時間のせいではなく計算なのだろう。重たいのにひたすらにサスペンス。高い物語性と文学性の圧倒的昇華。一時はまりにはまった色川武大の「狂人日記」や、「罪と罰」に連なる感銘でした。主軸になる火をめぐる聖書のイメージはメルヴィルも思い出した。僕はキリスト者では全然ないが、耽溺といっていいくらい小川国夫にのめりこんだこともあり、やはり関心があるのだろうなあ。
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# by nogioh | 2005-10-08 00:00 | Comments(0)